東京高等裁判所 昭和27年(う)1896号 判決 1952年9月05日
控訴人 被告人 相川仁保
弁護人 一瀬房之助
検察官 松村禎彦関与
主文
本件控訴はこれを棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人一瀬房之助作成名義の別紙控訴趣意書と題する書面記載の通りであるから、これを本判決書末尾に添附しその摘録に代え、これに対し次の通り判断する。
論旨第二点について。
医師法第二十条にいわゆる診断書とは、医師が診断の結果に関する判断を表示して人の健康上の状態を証明するため作成する文書を指称するものと解すべく、公職選挙法施行令第五十二条第一項第三号の医師の証明書が、所論のように公職選挙法第四十九条第三号すなわち選挙人が疾病、負傷、妊娠、不具若しくは産褥にあるため、歩行が著しく困難であるべきことを証明する書面であるとしても、その名称並に証明する目的の如何にかかわらず、その内容が医師の診察の結果に関する判断を表示して人の健康上の状態を証明する部分を含むものであるにおいては、これを医師の診断書と認めるに妨げなく、従つて医師が自ら診断しないで、右のような内容を含む公職選挙法施行令第五十二条第三号の証明書を交付する所為は、医師法第二十条違反罪に該当するものといわねばならない。この理は所論のように医師のみならず、歯科医師若しくは助産婦も亦公職選挙法施行令第五十二条第一項第三号の証明書を交付することができことに依り、何等異同を来すべきものではない。しからば原判決が被告人の自ら診察しないで原判決添附別表記載の右証明書を交付したとの事実を認定し、これを医師法第二十条違反罪に問擬しているのは、その証明書にして前記のように医師の診察の結果に関する判断を表示して人の健康上の状態を証明する内容を含むものである限り、洵に相当であつてこれを目して所論のように法律の解釈を誤つたものということはできないのである。仍て原判決添附別表の証明書の内容を検討するに、該証明書中不在者投票事由として単に老令とあるもの以外の事由を記載した証明書は、叙上の理由に依りこれを医師の診断書と認めるべきものであるが、単に老令とのみ記載した証明書は、これを医師の診断書と認めるべきではなく、かかる証明書を被告人が交付した所為についても原判決が医師法第二十条違反罪に問擬しているのは、法令の適用を誤つたものとしなければならない。しかしながら、右の単に老令とのみ記載した証明書は、原判決添附別表掲記の証明書合計二百十七通のうち、僅に二名の選挙人分六通に過ぎないことが認められるのであるから、この六通の証明書を交付した所為についての原判決の法令適用の誤りは、被告人の刑責並に犯情に影響を来たすものとは認め難く、従つて判決に影響を及ぼすこと明らかな程度に至らないものと認めることができるから、原判決の法令適用の誤りを主張する論旨は結局理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)
控訴趣意
第二点原判決は法律の解釈を誤りたる不法がある。原判決は被告人は医師なるが昭和二十六年四月二十三日施行の千葉県市原郡五井町々長竝に同町会議員選挙及同月三十日施行の同県議会議員選挙に際し同月十六日頃より同月二十二日頃迄の間自宅で牧野広高沢平登の依頼を受け選挙人鹿島さだ他七十四名が右各選挙の不在者投票用紙及投票封筒の交付を請求するに当りあわせて提出すべきものである事を知りながら何れも診察しないで同人等がそれぞれ同表記載の事由により歩行困難である為右各選挙当日自ら投票所へ行つて投票する事ができない見込である旨記載した不在者投票事由該当証明書を作成し之を右牧野及高沢に交付した事実を認定し医師法第二十条を適用処断した。然れども公職選挙法第四十九条同法施行令第五十条同第五十二条に基き医師の交付する証明書は単に公職選挙法第四十九条第三号記載の事由により歩行が困難であるべき等の証明に過ぎないものであり之を医師としての専門的知識を以て学問的判断の結果を記載した医師法の謂うところの診断書と同視すべきものでない。加之前記証明書は公職選挙法施行令第五十二条第一項三号及同条第二項の規定によれば助産婦若くは歯科医師も請求があれば同様之を交付しなければならないものであるから独り医師の発行した証明書のみを医師法第二十条の診断書であると論断するは当を得ない。
特に医師法第二十条には診断書処方箋出産証明書死産証明書検案書等の名称を使用して診断書と云うことに特種の性格を有せている点を勘考しても前示公職選挙法施行令により医師の発行する歩行困難の証明書は医師法第二十条の定むる診断書と解すべきでない。即ち原判決は法律を誤解した違法がある。
(その他の控訴趣意は省略する。)